あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

明るく、はっきり、ゆったり。

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こんにちは。nicosaです。

 

 

 

不思議なのですが、

 

夏至を過ぎてから、

 

わたしの周りの空気感が、

 

 

夏至前とは違うものに変わったような

 

そんな気がします。

 

 

 

何も変わっていないように見えるのに、

 

歩く人も、対向する車も

 

そこにある建物も、

 

どこかが違う気がします。

 

とても不思議です。

 

 

 

 

(ちょっと変なことを、言いますね…)

 

 

 

わたしは、

 

わたしがこの世界に来るとき

 

抱えてきた「爆弾」を、

 

爆発させることなく処理するという

 

そのミッションを、この前の夏至の日に、

 

すべて

 

うまく終わらせることができたみたいです。

 

 

 

 

全部終わった!やったあ!

 

夏至の日の夕方に、

 

車の中で、

 

(そんなことを言うつもりはないのに、)

 

ひとりでに、わたしがそう言いました。

 

 

 

 

だからでしょうか、今、とてもいい気分で、

 

とても開放されたような気がしています…

 

 

 

小さな頃から、

 

いつもビクビク

 

何かに怯えていた気がするのに、

 

根拠はないのですが、

 

もうそんなに怖がらなくて大丈夫なような

 

今度こそ、もうほんとうに大丈夫なような

 

そんな気がします。

 

 

 

昔、大阪の下町の占い師に、

 

 

「あんたは、爆弾抱えてこの世に生まれてきたんやな。いずれ分かる。わしの言うてる意味が、分かる日が来る。ほんまやで。」

 

 

と、言われたことがありました。

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その言葉の意味、「爆弾」が何のことか、

 

なんとなく分かった気がします。

 

たぶんそれで合ってると思います。

 

 

 

 

わたしが抱えてきた「爆弾」は、

「カルマ」

と言われているものなのだと思います。

 

 

 

それも、

 

たくさんの種類の「カルマ」を

 

抱えているように見えたので、

 

占い師は、

 

「爆弾」と、表現したんだと思います。

 

 

 

占い師の言うとおり、

 

わたしは、

 

 

結構なことを、知らない間にいろいろと引き寄せては、

 

驚いて、怯えて、たくさん泣いて、

 

でも、いつも立ち直って。

 

それを繰り返してきた気がします。

 

 

でも、

 

そんなに決定的に凹んでしまうことはなくて、

 

わりと順調に解消してきたような気もします。

 

 

 

 

「まあ、あんたは、何があっても、わりと平気や。」

 

 これも、占い師が言っていたとおりでした。

 

 

 

 

でも、最後の「カルマ」の解消は、

 

結構大変でした。

 

ブログを続けることができなくなりました。

 

自分の目の前の現実を、

 

「書き留める」ことが、

 

怖くて仕方なくなりました。

 

 

 

でも、なぜかは分からないのですが、

 

包み隠さず書いて、

 

それを公開しないといけない気がしました。

 

 

 

その期限は、2020年の夏至

 

なんとなく、そう思っていました。

 

 

 

 

そして、

また不思議なことが起こりました。

 

 

先日の、「雨の日に。」を一般公開した瞬間、

 

背中が、両肩が、

 

ものすごく軽くなったのです。

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ついていたものが、

 

ふっと取れたような。

 

 

 

 

祖母が、

 

親戚と長い間、裁判であらそってきた、

 

自分の土地と家屋を、

 

みんなで分けようと決めた後、

 

何か憑き物が取れたかのように、

 

元気になったことを、

 

思い出しました。

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それと同じなんだと思いました。

 

カルマを解消するとそういうふうになると、

 

どうしてそう思うのか、よく分からないのに、

 

とても納得できたような気がしました。

 

 

 

 

それでいい。

 

これでよかった。

 

うまくできた。

 

そう思えました。

 

 

 

 

 

 

その日は父の日でした。

 

 

赤ワインを買って来て、

 

 

今年の2月に漬け込んだ

レモンの黒砂糖漬けを二切れ入れて、

少しの黒砂糖とシナモンパウダーも入れて、

サングリアを作りました。

 

 

 

今日は父の日だからと、

 

主人にサングリアを出すと、

 

「なんだか美味しそうだね。」と、

 

うれしそうに笑ってくれました。

 

 

 

 

サングリアは、

 

新婚旅行で海外に行ったとき、

 

訪れたメキシコ料理店で、

 

わたしが主人に、「飲みたい。」と頼んで、

 

主人が注文してくれたものです。

 

 

 

顔立ちがちょっとそちらの人に似てるので、

 

(いつもそうなのですが)

 

メキシコ人の店員さんに、

 

主人は気に入られてしまい、

 

テキーラを一緒に!と誘われて…

 

そのあと星を見に行ったのですが、

 

ほろ酔いの主人が心配で、

 

わたしは星をゆっくり見ることができませんでした。

 

 

 

2020年の夏至の日、

主人はもう、

そのときのサングリアのことなど、

覚えていないようでしたけど。

 

 

 

 

たぶんわたしが主人から受けていることは、

 

DVと言われるものなんだと思います。

 

相談センターに電話することも考えました。

 

でも、できずにいました。

 

 

 

 

この前の夏至の日、ふと思い出しました。

 

 

 

 

2018年の1月。

 

2015年に他界した義理の父と、

 

まったく同じ名前の人から、

 

年賀状が届いて。

 

 

宛先の住所が違っていましたから、

 

誤配だと思うのですが。

 

 

 

その年賀状を見た主人は、

 

ちょっと異常なぐらい動揺していました。

 

 

 

そのことを義理の母に話すと、

 

「お父さんが心配して、見に行ってくれたんだろうね。」

 

義理母は、そう言いました。

 

 

 

 

結婚して間もない頃、

 

主人の母方の祖母が亡くなったとき。

 

 

葬儀のあとの食事会のときに、

 

仲が悪かった、義理母の二人の弟は、

 

またそこで言い争いを始めたそうです。

 

 

「おばあちゃんの墓はうちで用意する。」

 

「何を?最後におばあちゃんを世話したのは、うちの家族だ!うちの土地の墓に入ってもらう!」

 

 

主人は以前から、

 

母親の弟たちやその家族が、

仲が悪いことを気にしていました。

 

 

かなりお酒を飲んでいたそうで、

 

突然、暴れ出したそうです。

 

その兄弟に突っかかって行って。

 

 

 

「おばあちゃんがかわいそうだ!」

 

と、叫んだそうです。

 

いつもは大人しい、温和な主人が。

 

 

 

 

義理父はまだ痴呆もなく元気な頃で、

 

なんとか主人を押さえつけたと聞きました。

 

 

わたしが、インフルエンザにかかって、

 

葬儀も食事会も欠席したときに

 

起こった出来事でした。

 

 

 

あとから、

義理母に、

 

 

nicoちゃん、行かなくて良かった…」

 

 

と、言われました。

 

 

 

 

それから、

 

 

「あの子が暴れて、どうしようもなくなったら、cicoを連れて逃げなさい。」

 

「分かったね。」

 

 

義理母はわたしに、そう言いました。

 

 

 

 

 

義理父の同じ名前の人からの年賀状。

その誤配のあった日。

 

 

わたしはこんな声を聞きました。

 

 

「もうすぐ連れて帰りますから、せいぜい美味しいごはん、食べさせてやってください。」

 

 

もう居ないはずの義理父の声でした。

 

 

 

 

この前の夏至の日に、

そのことを思い出しました。

 

 

 

 

 

「明るく、はっきり、ゆったり」

 

 

これは、絵本作家のかこさとしさんが、

「こまったこぐま  こまったこりす」という、作品のあとがきに書いていらっしゃることばです。

 

(「こまったこぐま  こまったこりす」白泉社

2017年3月初版発行 〜同書名1986年偕成社刊を再編集し復刊したもの)

 

 

こまったときは、

こまったもの同士で、

それぞれの得意なことを出し合って、

 

決して無理をせず、

一つずつ、楽しく解決していけば、

 

最後にはみんなしあわせになって、

 こまったことはなくなるもんです…

 

という内容のお話です。

 

 

 

かこさとしさんは、

子どもに接するときは、

「明るく、はっきり、ゆったり」

ということが大事ですと

書いていらっしゃいます。

 

 

 

問題をからかくして、

「暗く、不可解で、せっかち」な

大人の態度ほど、

子どもを悲しませ、悩ませるものはないと。

 

 

 

「明るく、はっきり、ゆったり」

そうやって、問題に立ち向かう

大人の姿勢から、

子どもは生きる力を学ぶのです…

 

 

 

かこさとしさんは、

そう書いていらっしゃいます。

 

 

 

こまったことがあっても、

 

 

いつもあかるく(ポジティブに)

 

はっきりと(ていねいに、より具体的に)

 

ゆったりと(穏やかに、慌てずに、優しく)。

 

 

 

自分の思っていることを伝えれば、

 

「だから、わたしはこまってるんだ」と伝えれば、

 

「なんとかしよう、協力してなんとかしよう」

 

そう伝えれば、

 

必ずだれかに伝わります。

 

 

 

 

そう言えば…

わたしも、いつもそうしてきました。

 

 

だって、わたしは、子どもの頃、

かこさとしさんの絵本が大好きで、

かこさとしさんの絵本をたくさん、

何度も何度も読みましたから…

 

 

 

 

 

 

わたしには、

 

まだもう少しやることがあります。

 

 

 

 

祖母も、カルマを解消して、

 

体が元気になってから、

 

裁判を終わらせたり、

 

親戚での土地の分け方を工夫したり、

 

一生懸命でした。

 

 

 

 

おじいちゃん(義理父)の言う通り、

主人には、

「美味しいごはんを食べさせて」あげて、

 

 

それから、

主人も、わたしも、娘も、

こまったことがなくなるように、

しあわせになるように、

もう少し話し合ってみようと

思います。

 

 

相談センターにも

電話してみようと思います。

 

 

みんながしあわせになる

良い方法が

見つかるかもしれないから。

 

 

 

まずは体を休めて、

ゆっくりと焦らずに、ていねいに、

自分を信じてやり切ってみようと思います。

 

 

 

いつもあかるく、

はっきりと、

ゆったりと。

 

 

 

それでいいと思います…

 

それでいいんだと思います…

 

 

 

 

 

 

nicosa