あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

ジョウビタキ


こんばんは。nicosaです。



今日は、娘cicoを授かった頃のお話と、授かる前、毎年冬にわたしの家に来ていた渡り鳥、ジョウビタキという小鳥のお話をします。





結婚してから6年、
子どもができませんでした。

子どもはいなくてもいいと、
わたしは思っていました。


誰にも話したことはないですが、

この人の子どもがほしいと、
結婚したわけでは、
なかったからだと思います。



でも、
主人は違いました。
1人だけでもいいから、
子どもがほしいと言いました。


10歳年上の主人は、
とても、焦っているようでした。



義理父母は、
何も言いませんでしたが、

主人の親戚からは、
会う度に、
まだできないのか、
まだできないのかと、
言われました。


どこか悪いんじゃないか、
病院で調べた方がいいんじゃないか。


言われ続けて、
それが6年も続くと、
自分は子どもが生めない、
欠陥人間のようにすら、
思えました。


自分より後に、
結婚した親戚には、
順調に子どもができ、
わたしにはできない。


わたしは出来損ないの人間。

わたしは生きる価値のない人間。

アイする人と結婚することもできず、
子どもを生むこともできず。



そんなに痩せて、
ロクなものを食べてないんじゃないか。

仕事なんかするから、
子どもができないんじゃないか。

仕事なんか辞めなさい。




そう言われて、
仕事を辞め、


引きこもりがちになり。



そんな冬のある日。

庭に、お腹が鮮やかなオレンジ色で、
灰色の羽根、頭には黒い帽子を被った、
とてもきれいな小鳥が舞い降りました。


調べると、
ジョウビタキという渡り鳥だと、
分かりました。

その小鳥は、
冬の間、毎日庭にやって来ました。


窓のすぐそばまで来て、
左足を右足にひっかけて、
片足立ちになり、
プーっと羽根を丸く膨らませて。

その可愛らしい姿を見るのが、
わたしの楽しみになりました。


しばらく日向ぼっこをして、
わたしを、
じっと見あげてから、
どこかへ飛んでいきました。



結婚して7年目の夏、
ようやく妊娠しました。
名前はyura。
決まっていました。


3週間後、
流産しました。



太陽の光も、月の光も、
知らないまま、
その子は死んでしまいました。


待ち望んだ赤ちゃんが、
この世から、
居なくなってしまいました。



小鳥は、
次の冬も庭にやって来ました。


梅の花がもうすぐ咲く頃になるまで、
毎日、飛んで来て、
泣いているわたしをじっと見つめては、
どこかに飛んでいきました。


わたしは、
やっと、
外に出てみようと思いました。

yuraのために編んでいた帽子に、
お花とお菓子を供えて供養しました。



次の春、
妊娠したことが分かりました。
なんとなく今度は大丈夫な気がしました。
なんとなく。


ミジンコほどの小さな命は、
泳ぐのが上手で、
動きが早過ぎて、
エコーになかなか映らなくて、
お医者さんに笑われました。




わたしの大きなお腹の中で、
わたしのお腹を中から蹴るので、
毎日毎日、
足の形に飛び出す自分のお腹を見て、
わたしは笑っていました。



名前は、
まだ付けませんでした。


秋になり、
予定より早く生まれた赤ちゃんは、
小さな小さな赤ちゃんで、
1週間、
NICUの保育器の中で過ごしました。


小さいけれど、
とても元気な赤ちゃんでした。


お腹が空くと、
両方の手と、
両方の足を、
一生懸命上下に動かして、
元気に泣いていました。


汗に濡れると、くるくると巻く黒い髪。
小さな体に不釣合いな少し大きめの手。
四角い爪。
太い眉。
わたしの分身のような赤ちゃんでした。





名前を、
cicoに決めました。








その次の冬。


cicoが来たわたしの家に、
ジョウビタキは来ませんでした。
その次の冬も。





わたしは、

cicoは、

あのジョウビタキの生まれ変わりだと、
思っています。



歯磨きをするとき、
左足を右足にひっかけて、
片足立ちになる癖。



あの可愛らしいジョウビタキが、
わたしを笑顔にするために、
赤ちゃんになって、
わたしのもとに、
来てくれたのだと、
そう、
思っています。









nicosa