あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

二足歩行障がい

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こんばんは。nicosaです。

 

 

この前、「わたしは『支援』という言葉と『リベンジ』という言葉は、あまり好きではありません」と書きました。

 

それは、軽度の知的障がいのあるわたしの甥が、その言葉を、頻繁に使うからです。

 

甥は、「数字」にかかわることは得意ですが、「言葉」にかかわることは苦手です。それから、周りの人に比べると、集中力がないという特徴を持っています。

 

時間はかかりますが、自分のまわりに起こる出来事を理解することはできます。でも、時間はかかります。

 

「言葉」を覚えるのが苦手な彼が、「支援」や「リベンジ」という言葉を多用するということは、その言葉が、彼の周りに、いつもあるということです。

 

 

彼は「支援学校」に通っていて、彼の側には「支援の先生」がいつも居てくださいます。

「支援学校」を卒業したら、企業の障がい者枠で仕事をしたり、「支援センター」にお世話になりながら仕事をすることになるでしょう。

 

彼はよく、「リベンジだよ!もう一度がんばってみよう!」と言います。「リベンジ!リベンジ!」…そんなふうに。

 

 

今日は、わたしの甥のjimのこと、昨年わたしがjimのためにしようとしていたことをお話します。

 

 

 

 

昨年の5月に、

わたしは、あるお店を

開店する予定でした。

 

それには、2つの目的があって、

そのひとつは、

甥のjimの

将来の職場を作ること

でした。

 

 

企業の中や、支援センターの作業所の中で

まわりの人に気をつかいながら

働くのではなく、

のんびりと、ゆったりと

収入を得ることができたら

いいんじゃないかなと

思ったのです。

 

 

 

でも、突然、

予期せぬ疫病が流行し、

 

「3つの密」*を避けることが求められたり、

営業時間の短縮を求められたり。

 

*「3つの密」…3つの密は、2020年の新型コロナウイルス感染症拡大期に総理大臣官邸・厚生労働省が掲げた標語。集団感染防止のために避けるべきとされる密閉・密集・密接を指す。(Wikipedia「3つの密」の項より引用抜粋)

 

 

わたしは、

カフェの夜間の時間の

間借りをお願いしていたオーナーさんに、

ご迷惑をおかけする

ことになると思い、

 

開業を延期しました。

 

ですが、疫病の流行は

おさまらず、それどころか

ますます感染者は増え、

開業は一旦中止にすることにしました。

 

 

間借りの契約も、

白紙に戻しました。

 

 

とても悩んで、

 

家賃のこと、

営業時間を短縮した場合の

売り上げの金額など、

 

客足を予想して、

試算してみて、

 

これでは開業しても

やっていけないと

そのときは、判断しました。

 

 

この状況を

もし、jimが抱えることに

なっていたとしたら。

 

わたしが居れば、一緒に考えたり

もちろんするけれど。

 

 

 

 

 

きっと、違うんだ…

ふと、そう思いました。

 

jimが求めているのは、

そういうことじゃないんだ。

 

jimが、楽しい!と思えるのは

そういうことじゃないのかもしれない。

 

 

 

わたしは、

jimのことを、ちゃんと分かって

いませんでした。

 

 

 

jimを「支援」して、

jimを助けてあげることを

jimは、たぶん

求めていない。

 

 

そして、

自分の思い通りにできる場所が

ほしいとは

思っていない。

 

 

そうならば、

jimの「自立」って

なんなんだろう…

 

 

今のわたしには、

まだその答えは

見えません。

 

 

 

ただ、

 

あの、優しくて、穏やかで

人懐っこくて

いつもニコニコしている

jimが、

 

何かに対して、

仕返しや、復讐、「リベンジ」を

しなけらばならないような

状況だけは避けたいと、

 

jimに、

そんなことはさせたくないと、

 

その気持ちは、今も

変わりません。

 

jimは

自分の身に起こっていることは

時間がかかっても

ちゃんと理解できるんです。

 

腹が立つこともあるし、

仕返ししたくなるときもあるのです。

 

 

でも、jimは

障がい者」と

言われ続けることを

受け止めています。彼なりに。

 

 

 

この前、

ネットニュースで、

「バリアフルレストラン」というのを

紹介していました。

 

そこは、

「車イスの 車イスによる」

「車イスのためのレストラン」

なのだそうです。

 

その店の中では、

健常者と障がい者

逆転していました。

 

 

店内の天井の高さは

170センチで、

車イスだと

ちょうどいい高さ。

 

でも、背の高い健常者は

腰をかがめないといけません。

 

テーブルはあるけれど、

椅子はありません。

健常者は立って食事をします。

 

 

健常者が店に入ろうとすると、

 

店員さんは、

 

「健常者の方は」

「介護者がいないと入店できないんです」

 

と言います。

 

 

この店の中では、

 

車イスで生活をする人は「健常」で、

 

二足歩行をする人は

 

「障がい」がある人。

 

 

すごい発想だと思いました。

二足歩行障がいとは…

 

 

でも、

jimにとっては、

「健常」と「障がい」って

そうなんだと思います。

 

健常者にとって

不都合で不便だと感じる

障がいと感じる状況が、

jimにとっては

当たり前。

 

 

jimにとっては

jimがふつうで、

当たり前。

 

 

わたしは、最近は、

最終的には

jimに対して無関心になれたら

いいのかなと

そう思っています。

 

jimのことを

かわいそうだとか、

面倒をみてあげないといけないとか、

そんなふうに思わない。

 

そういう社会のしくみがあれば、

jimは、しあわせなのかなと。

 

 

 

そのためには、すべての人が

まず、多用性を受け止めて

「協働」する社会をつくらないと…

 

 

 

その実現は、

とても難しいことなのかもしれません。

 

でも、このパンデミックの中で、

 

もし、

 

「障がい」のある選手も

「健常」である選手も、

 

安心して「オリンピック」を楽しめる状況を

 

それをたくさんの人が

想像する、イメージすることができたら、

 

協力して、手を取り合って、

 

できないかもしれない

でも、想像力を働かせて

考えてみよう…

 

 

そうするだけで、

jimにとって過ごしやすい社会が

今よりも

目の前に

見えてくるような気がします。

 

 

そんな社会が現実になったら、

jimは、

もっとニコニコして、

ケラケラケラって、

 

楽しそうに、うれしそうに、

笑うん

だろうな。

 

 

 

 

nicosa