あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

共依存

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こんばんは。nicosaです。

 

 

今年の7月頃は、自分の進む方向が見えた気がしていたのに、突然、8月、9月、10月は何も見えなくなりました。

 

 

 

まわりが、真っ暗になった気がしました。

 

 

 

毎週金曜日に、

夫から一週間分の生活費と言って

お金を放り投げられる

自分が情けなく、

 

それでは食料品しか買えなくて

今週は日用品も買いたいから

あと千円欲しいと言うと、

小銭を投げつけられる自分が

嫌で嫌で仕方ありませんでした。

 

 

死にたい、

死にたいと、

叫んでいました。

 

 

夫やcicoに対して、

今までのわたしなら

言わなかったようなことを

汚い言葉も

平気で言うようになっていました。

 

 

自分でも、自分をどうおさめたらいいのか

まったく分かりませんでした。

 

 

自分がおさまるのを

ただ待つしかありませんでした。

 

 

 

そして、ある日、

 

小銭を投げつけてきた夫に、

 

 

「ほんとうに大切な人には」

「絶対にそんなことはしないはず。」

 

「お義父さんは、お義母さんに」

「そんなことはしなかったはず。」

 

 

父親に、やめろ!と

突っかかろうとしているcicoに、

 

 

「cicoは、ほんとうに大切と思える人と」

「ほんとうに大切に思ってくれる人と」

「結婚しなきゃダメ。」

 

 

「お金を投げつけてくるような人と」

「暴力をふるっておいて平気でいる人と」

「結婚しちゃダメ。」

 

 

と叫んでいました。

 

 

 

 

その次の日から、

夫の暴力も、暴言も、

一切なくなりました。

 

 

そのかわり、

以前のように、夫が、

わたしに優しくすることも

なくなりました。

 

 

夫は、

あからさまに、

cicoにだけは、

優しく声をかけるように

なりました。

 

 

 

気持ちが晴れることはなく、

軽い鬱のような状態が続き、

食欲もなく、

どんどん痩せていきました。

 

 

そして、

秋分を過ぎた頃、

 

 

過去のみじめな自分、

情けない自分を

思い出すようになりました。

 

 

そして、

 

 

収入がない自分は

ここに居るしかない

ここから逃げられない。

もうがんばれない。

わたしは弱虫で

結局自分一人では何もできない。

 

こんなところにいるぐらいなら

死んでしまいたい

そう思いました。

 

 

助けて

誰か助けて

 

 

 

そして、

その頃、

子どもの頃の自分、

いじめられていた自分の

夢をみました。

 

 

どうやってそこから

抜け出したのか、

助けてくれた人のこと、

愛してくれた人のことを、

思い出しました。

 

 

夢に促されるように

自分で自分を

許そうとしていました。

 

 

そんなこと、今まで

した事がありませんでした。

わたしがわたしを、

許すなんて。

 

 

その日から少しずつ、

また、わたしの中の何かが

変わっていく気がしました。

 

 

ある日、また夢を見ました。

それは白昼夢?のような体験でした。

誰かが階段を駆け上がってくる足音がして

急に息苦しくなりました。

 

息がしにくくて、

一生懸命声を出そうとしても

声が出せない。

 

目を開けると、

洗濯物の向こう側に、

セミロングの黒い髪を

後ろでひとつにくくった

とても痩せてひょろひょろの

子どもが、

そこ居るのが見えました。

 

はじめて自分でくくったのでしょうか。

たくさん遊んでゴムがずれてしまったの

でしょうか。

くくったゴムが下にずれて、

髪の毛が乱れてしまっていました。

 

その子が、

「ふふふっ」と笑って

洗濯物から顔を出しました。

とても嬉しそうに笑って

こちらを見ていました。

 

 

はじめは、

yuraだと思いました。

流産した、わたしの息子。

「yura、ちゃんとご飯食べてるの?」

「散髪に行って来なさい!」

そう言おうと思って

瞼を開いたら、

そこには誰も居ませんでした。

 

 

怖くはありませんでした。

なぜかは分からないけど、

やっと会えて、ホッとした気がしました。

 

静かな昼下がりの

優しいお日さまの光の中で、

穏やかな風が、

洗濯物を揺らしていました。

 

 

 

数日経って、

ふと思いました。

 

あれはyuraじゃない。

あれは、わたし。

子どもの頃のわたし。

 

会いに来てくれたんだ。

 

分かれていた「わたし」が、

心の中で

わたしと一つになった気がしました。

 

 

 

 

振り返ると、わたしが居た世界は

共依存の世界で、

 

支配者が居て支配される者が居る

 

支配される者は

支配者に依存することでしか

生きられなくなってしまっている。

だからもう、そこから抜け出そうとはしない。

 

支配者は支配することでしか

生きる価値が見つけられないから、

そこから離れようとはしない。

絡み合う依存の関係。

 

 

父と母。

委託者と受託者。

上司とわたし。

母とわたし。

夫とわたし。

 

 

でもわたしは、

そのどれもに、NOと

言うことができました。

 

 

 

母は、

心筋梗塞になったときも

急性腸炎になったときも

一番に気付いて、救急車を呼んで

ずっと手を握ってくれていた父に、

急な階段では、当たり前のように自然に

すっと手を差し出してくれる父に、

「お父さんとずっと一緒に居る」と

言うようになりました。

 

 

就職氷河期を背景に

加速したアウトソーシング化。

そこに生まれた社会的格差を、

絡み合う共依存のしくみを、

現場を守るために、

気付けばそのしくみを

作り上げてしまっていた上司が、

金額欄に

「ご辞退申し上げます。」

と書かれた業務委託の見積書を

作成して提出するのを

わたしは見届けました。

 

 

長く勤めた会社を辞め、

長く上司だった人のもとを離れ、

自分の好きだった仕事を、

たった一人ではなく

大勢の人と知恵を出し合って

新しい未来を作っていくために、

転職を希望する企業に

この前、ラブレターを書きました。

なぜかは分からないけど、

創業者と、創業者の作品の写真が

頭からずっと離れなかった企業です。

上手くいくか分からないのに、

きっと上手くいく気もしていて、

もし上手くいかなくても、

また次のアイデアがあるから

他にもいっぱいやりたいことはあるから

だから大丈夫と、

そう思えるわたしがいます。

 

 

母がわたしを

自分と同じレールの上に

乗せようとするのは、

わたしを守りたいからなんだと

今はそう思っています。

父と手を繋いで

嬉しそうに歩く母のことが

今は微笑ましくて、とても愛おしく思えます。

 

 

そして、

夫とわたしが作った

共依存の歪な箱の中から

わたしは出て行くと

決めました。

誰かを支配したいから家族を作る。

弱さをみせたくないから依存する。

そんな歪んだ結婚の契約は、もう必要なくて。

そしてそこにはもう居られないと、

それに気付かせるために、

暴力がはじまったのかもしれないと

思っています。

わたしが気付いて、

そんなの嫌だと、ほんとうの愛がいいと

声に出して言ったときに、

暴力は消えました。

暴力は許せないけど、

夫を責めるつもりはありません。

それを許していた自分のことも

責めるつもりは

ありません。

cicoを連れて夫から離れ、

いつか、

そんなこともあったよねって、

笑って話せる日が、

きっと来るような気が、今しています。

 

 

 

もう何も怖いものはない!とは

言えないし、

 

やっぱりわたしは怖がりで弱虫。

 

 

でももう一度、

飛んでみようと思います。

いろんなものを手放しましたから、

身軽にはなっているはずです。

 

 

たった一人で自分の内側を

内観する時間が持てたこと。

 

自分のいた共依存の世界に

気付くことができたこと。

それを整理して許すことができたこと。

 

分かれていた自分と

一つになれた気がしたこと。

 

 

2020年も、ほんとうに不思議な一年でした。

会うことができても、できなくても、

わたしの書くこの手紙は

もうすぐ終わるのかもしれない。

そんな気がしています。 

 

 

nicosa