あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

常識


こんばんは。nicosaです。




今までどちらかと言えば、それに飲み込まれてきたわたしが、ある時から、それに疑問を持つようになりました。

今日は、「常識」のお話です。




辞書で「常識」を調べると、


「健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。」


と書いてありました。




でも、
世の中には、
その小さな世界の中だけで通用する、
その外の世界では通用しない、
摩訶不思議な常識が、
たくさんあります。



一つの国の中だけで通用する常識。
(他の国では通用しない常識。)


ある業界の中だけで通用する常識。
(ほかの業界では通用しない常識。)





ローカルルールを作ったり、
ローカル用語を作ったり。




「常識」というルールを作り、
そのルールを正当化するために、
また更なるルールを作り…



でも、



「それが常識です。」
「当たり前です。」
「規則です。」



って、そう言われてしまうと、
それっておかしいんじゃあ…とは、
言えなくなってしまう。

「常識」という言葉の魔力。





2014年でした。
学童保育の、
保護者会会長になってしまいました。



そのとき、

こんなことがありました。




「夏休み中は、8時半まで校門を開けることは出来ません。子どもたちはそれまでは学校の敷地内に入ることも出来ません。」


「休みでない日はもっと早く校門が開きますが、学校が休みの日は8時半に開きます。それが学校の決まりです。」



夏休みの学童保育利用について、
説明会があり、
学童保育の先生が、
集まった保護者に、
そう説明しました。




その時、田舎に住んでいて、
通勤には時間がかかりました。

だから、
その町では、
学童保育を利用する子どもたちの親が、
朝早く家を出て出勤するのは、
ごく普通のことでした。




学校がある日は、校門は7時30分過ぎには開いています。守衛のおじさんが校門の前で見守ってくださり、8時過ぎには子どもたちは教室に入れます。


でも、学校がお休みの夏休みや冬休み、春休みは、校門は8時半に開きました。
学童保育も8時半に始まりました。
守衛さんは校門が開く8時半前に出勤されていました。


校門が開き、
学童保育が始まる、
8時半までは、
子どもたちは、
校門の外の舗道で、
ずっと待っていました。



わたしは、
いつも、
学校の長期休暇の間だけ、
会社の了承を得て、
出勤時間を遅くしてもらっていました。


だから、
学童保育が始まる8時半に、
cicoを学童保育へ送って行っていました。





でも、
それができない保護者もいるとしたら、



学童保育の開始時間を早めてほしい!
とまでは言わないけれど、
先生が8時に出勤するのなら、
せめて8時に、
校門の中に、学校の敷地の中に、
子どもたちを入れてもらえたら...


学校の目の前には、
幹線道路があって、
大きなトラックや、
工事用の車両が、
凄いスピードで、
目の前を走ってる...


そのすぐ横の舗道に、
小さな子どもを置いて、
仕事に行くなんて...


30分、40分、もっと?
子どもだけで待つなんて...


そう思いました。





cicoに聞くと、

「みんなと待つからきっと大丈夫。」

「でも、トラックは怖い。」

「Hくん、車に石投げたって。退屈だもん。」


と言っていました。



保護者会の役員で相談して、

学童保育の先生に相談してみましたが、
学校の規則だから、
校門を開ける時間を、
わたしたちには変えることはできない、
そう言われました。


学童保育は、
学校の教室の一室を利用して、
学校とは別の団体が運営しており、
学校の規則には、外部の団体は口を出せない、
そういう理由でした。



学童保育保護者会連合会の代表者会議の時、
発言しました。



会議に来ていたお母さんたちは、
みんな、
わたしの話を、
じっと聞き入って、
目を潤ませていました。






わたしたちの意見は、
学童保育の運営団体と、
教育委員会に伝えられました。



検討され、
次年度の夏休みから、
学童保育の開始時間が、
一部の学童保育だけですが、
8時開始になったそうです。



その年から、
cicoは学童保育を辞めて、
夏休みは祖父母の家に預けることにしたのですが、



cicoの通っていた学童保育でも、

7時半以降は、
子どもたちが校門のインターフォンを押せば、
その都度、自動開閉システムの小さな扉を、
学童保育の先生が開けてくれて、

子どもたちは学校の敷地の中に入り、
学童保育の教室の前で、
8時まで待たせてもらえることになったと、
聞きました。



利用している子どのもお母さんが、
「これで安心して預けられるわ。」と、
喜んでいたと聞きました。



学童保育の先生も、
「一つ心配が減りました。」と、
笑っていたと。


わたしの声が届いたのかは分からないけれど、
がんばって意見を言ってみてよかった、
そう思いました。





ずっと今まで当たり前だと思っていたことが、
当たり前ではないかもしれない、

ずっと変えられないと思っていたことが、
変えられるかもしれない。


「常識」は、
ちょっと違う角度から見てみたら、
「常識」なんかじゃないかもしれない。



その時から、
そんなふうに思えるようになりました。




もしかしたら、
常識が常識でなくなったら、
みんなが、もっとしあわせになれるのかも。







だけど、
長い時間、
その場所に根を下ろし続けてきた、
筋金入りの「常識」は、
ちょっとや、
そっとでは、
変わらないものです。



cicoとわたしが見た、
スポーツ界の「常識」は、
とても重厚なもののように、
思いました。


でも、
すぐには変わらないものも、

少しずつ、
少しずつ、
小さなひびが、
大きなひびになって、
不要なものは壊されて、
変わっていくのかもしれない、
変わっていくといいなあと、
そう思います。



スポーツの、
素晴らしい、
文化や考え方は残して、
「それって必要?」と思う文化や考え方は、
より良い方向に変わっていくといいなあと。




そんなとき。

少しずつ変わっていっているかも。

そんな風に思えたのは、
2018年でした。




日本のスポーツ界は、
これからもっと、
変わっていくのかもと。


昨年、
いろいろなスポーツ界の、
一選手の、
勇気ある行動や発言に、
スポーツ界が動きました。





同じ、
2018年に、
cicoの起こした、
小さな「ストライキ」も、
かかわる大人たちの心に、
何かを残した気がします。



男の子の中に、
たった一人だけの女の子のcicoが、
起こした「ストライキ」だったから、
周りの大人たちの心に、
響いたのかも、
しれません。



子どもたちの、
小さな小さな「ストライキ」が、
大人たちの心を動かして、
これからの業界を、
変えていくこともあるかもしれないと、
cicoを見ていてそう思いました。



大人は、
子どもたちから学ぶことが、
たくさん、
あるのだと思います。











それから、


何かが変わるとき、
そこには、いつも、
「悪役」がいます。


「悪役」を倒して、
正義が勝つみたいな。




cicoが言っていたのですが、

昨年行動を起こした選手たちも、
きっとそうだと思うのですけど、



摩訶不思議な「常識」には、
ものすごく反発するのですけど、

cicoは、
監督もコーチも、
今も大好きなのだそうです。



cicoがチームを辞める時、
あんなに泣いたのは、
監督やコーチや、
チームの仲間が、
大好きだから。


「監督は悪くない。
コーチも悪くない。
チームのみんなも悪くない。」


cicoは何度もそう言って、
泣きました。




cicoには、
そこにある「常識」が許せなかった、
ただそれだけなんだと思いました。



演じる役が、
「悪役」だっただけ。




わたしは、
cicoから、
大切なことを、
教えてもらいました。






今思うと、

この、
「常識」という、
目に見えないものに、
疑問を抱くようになった、
2014年の夏から、
わたしの立つステージは、
どんどん変わって行きました。


学童保育の保護者会会長は、

会長だった友だちが、
お腹に赤ちゃんが出来たことが分かり、
体調が良くなくて、
急遽交代することになった、

偶然の、
出来事でした。


会長をすることで、
わたしは大切なことを、
勉強しましたし、

自分に自信がついて、
少し強くなりました。



「ほんとうの自分」を思い出しはじめた?



そして、
同じ2014年の秋には、
取れないだろうと言われていた、
大きな仕事が取れて、
その中に含まれる一部の仕事の、
経験者がいなかったので、
急遽、
そのプロジェクトチームの仕事を、
手伝うことになり、


来週まででいいから、
あと一週間だけと、
言われて、


結局、
仕事が開始してからも、

現場に入り、
現場のスタッフのサポートをすることになり、


偶然が重なって、

その現場で彼と会いました。



そこから、
もっともっと、
早いスピードで、
わたしは変わって行きます。


いろんな経験をして、
勉強をして。






そして、

今振り返ってみて、
思うのは、


彼と会うことが、
「目的」だったのではなくて、


彼と会うことで、
わたしが、
「自分のしごと」を思い出すことが、
「目的」だったのかもしれないと、
今はそんな風に思っています。




スピリチュアルという、
目に見えないものに、
影響されて変わってしまった、

ツインレイ神話に、
洗脳されてしまった、

それでも構わないと、
今は思っています。


スピリチュアルの考え方を、
うまく使って、
自分のやりたいことをして、
生きていくことができれば。


そこに飲み込まれるのでもなく。





みんなが知らないだけで、

実は、

ツインレイやツインソウルは、
ほんとうに、当たり前に、
存在するのだとしたら、

それはそれで、
とても素敵なこと。



もし、

ほんとうに、
ツインレイの段階があるのだとしたら、

わたしはたぶん、
最後のサイレント期に、
いるのだと思います。


わたしがわたしのしごとをして、
「自立」することができた時、
「無償の愛」に目覚めた時、
彼と再会する…という段階。


だけど、
もし、そうならなくても、
再会することができなくても、
たぶんわたしはしあわせです。



そうかもしれない、
きっとそう、
そう思える人と出会えたから。



出会えたから、
わたしは変わることができた。


この世界に生まれて来て、
この世界の楽しみ方を知ることができた。


そう思えるからです。






9月の末から、
自分の考えを、
見えるものにするヒントを得るために、
商工会議所が主催する、
イノベーションセミナーというのに、
行くことになりました。


イノベーション見える化する、
そういうテーマのもの。



9月から仕事に復帰させてもらい、
会社のAさんと上司に話したら、
会社としても応援すると言われました。





ほんとうに、
事業計画書が出来て、
やっていけるのか、
不安でしかありません。



でも、
わたしがやらないといけない、
次のしごとは、
これなのかもと思います。



もしかしたら、
すごいことを、
わたしらしく、
こっそり、
じんわり。


また、
何か、
ここに書き留められたら、
いいなあと思います。






イノベーションWikipediaより引用抜粋

一般には新しい技術の発明を指すという意味のみに理解されているが、それだけでなく新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する。つまり、それまでのモノ・仕組みなどに対して全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出して社会的に大きな変化を起こすことを指す。




nicosa