あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

想念


こんばんは。nicosaです。


最近、1か月の間に、急に体重が5キロ以上減ってしまい、どうして急にそんなに減ったのか、病気かもしれないと落ち込んでいた時、祖母がしていた話を、ふと思い出しました。今日は、祖母が話していた、「想念」のお話をします。




2008年だったと思います。


娘のcicoが、
保育園に入り、
わたしが仕事に復帰した頃。


祖母が、

夜、
全く眠れないという状態が、
2週間も続くという、
心配な出来事がありました。

血圧もずっと高い状態が続き、
高齢になっていましたし、
家族はみんな心配で仕方ありませんでした。


病院でお薬をもらって、
昼間に、
少し眠ることができるようになりましたが、


夜はやはり不眠が続きました。



わたしの母が、
泊まり掛けで、
祖母の付き添いに行ったのですが、


わたしは、

母から、

祖母の様子について、
耳を疑うような、
こんな話を聞きました。



夜中になると、
祖母が布団から起き上がって、
鬼のような形相で、
両方の腕を左右に大きく振りながら、
何かを追い払うかのようにして、


「帰れ!」


「ここは、お前らの来るところじゃない!」


「帰れー!」


と、
叫びながら、
玄関の方へ歩いて行くのだそうです。



母が、
大丈夫よ、
何もいないから、
心配しないでと言うと、


その場に、
へたへたと、
ひざまずいてしまい、


赤い顔をして、
血圧はかなり高い状態で。




それが、
毎晩、毎晩、
続いたそうです。



2週間ほど経って、


母も、
疲れ切ってしまい、

わたしが、
母と交代して、
娘と一緒に泊まりに行こうと、
準備を始めた頃、


祖母が、


ふっと、


憑き物が取れたかのように、
夜に眠るようになりました。



顔色もよくなり、
血圧も通常どおりに戻り、
家族中が、
ホッとしました。

家族みんな、
ゆっくりと、
安心して、
寝ることが、
できるようになりました。



祖母が、
少しずつ、
普段通りの生活に戻りはじめた頃、
わたしは、
仕事を休み、
娘を保育園に預けて、
祖母に会いに行きました。



祖母は、
いつもの、
優しい顔をしていました。


祖母が言いました。


nicoちゃん。ばあちゃんはね。」


「人の強い想念ほど、恐ろしいものはないと思ったよ。」



祖父と祖母は、
長い間、
土地と家屋の相続をめぐって、
祖父の実兄と、
裁判をしていました。


祖父が亡くなった後も、
祖母が祖父に代わり、
先祖の土地を、
切り刻む事のないように、
祖父の意思を継いで、
裁判を続けていました。 



祖父は、
次男でした。

結婚し、
戦争が終わった後、
実家とは全くかかわりのない場所に、
家を建て、
祖母と、
子どもたちと、
暮らしていました。



子どもたちが成長し、
一番下の子が大学生になった年、
実家で一人で暮らしていた、
老齢の曽祖父(祖父の実父)を気遣って、

それから、
実家の仏壇や墓を守るために、
祖母と二人で、
自分の実家に戻りました。


曽祖父は、

ずっと、

自分の長男(祖父の実兄)の家族と、
暮らしていましたが、
お嫁さん(祖父の実兄の妻)と、
折り合いが悪く、
喧嘩が絶えず、


ある日、
長男家族は、
実家を出て行ってしまいました。




曽祖父は、
若い頃、

仕出し屋をしていて、
料理が上手でした。

食器も好きで、
家には、
仕出しで使う食器の他にも、

たくさんの、
和食器、洋食器が、
広い台所の、
南側の壁と北側の壁に置かれた、
長い棚の中に、
並べられていました。


その棚の一角に、
祖母の茶道具が収められました。


茶道の先生をしていた祖母のことを、
曽祖父は、
とても自慢にしていたそうです。


祖母は、
嬉しそうに、

「ひいじいちゃんがね。」

「ここに、ばあちゃんのお茶道具を入れなさいって、場所をあけてくれたのよ。」


そう、話していました。



祖母は料理が好きで、
上手でしたから、
曽祖父とは、
気が合ったようでした。



曽祖父は、
祖母の作った魚の煮付けを、
美味しいねと、
嬉しそうに食べていました。


曽祖父と祖父と祖母の、
三人の生活は、
静かで穏やかで、


お掃除が好きな、
祖父と祖母が暮らしたので、
母屋も、
曽祖父が寝起きする離れも、
納屋も、
畑も、
庭も、
とても気持ちの良い場所になり、

近所の人も、
祖母の茶道教室に、
集まるようになり、

楽しそうな笑い声の聞こえる、

三人の暮らすその家は、
そんな家になりました。



わたしは、
二歳の頃から、
その家に、
よく預けられていました。


優しい祖母と、
ちょっと厳しい祖父と、
いつもにこにこ笑顔の曽祖父と、
その家で、長い時間を過ごしました。



曽祖父が亡くなった後、
裁判がはじまりました。


実家の土地、家屋の、
相続をめぐって。


曽祖父の土地、家屋の内、
曽祖父が亡くなるまで住んでいた土地と家屋は、
最後に一緒に暮らした、
次男である祖父と祖母に引き継がれました。


長男である祖父の実兄は、
これを不服としたのです。



祖母は、
こんなふうに言っていました。



「この家にはね、たくさんの想念が残ってる。」



「だからね。」

「ばあちゃんはね。」


「この土地の半分を、じいちゃんのお兄さんにあげようと思って。」

「じいちゃんも、それでいいって言ってくれると思うの。」




「あのね、nicoちゃん。」



「この前ね、ばあちゃんは、ずっと、へんな夢を見ていてね。」


「たくさんの人が、この家をばあちゃんから取ろうとして。」



「毎日、毎日。」



「ばあちゃんは、その人たちに、帰りなさいって言ったのよ。」

「ほうきで追い払った。」




「でも、ある日。」

「川が目の前にあらわれて。」




「じいちゃんが、川の向こうに立ってた。」




「じいちゃんは、ばあちゃんをじっと見てて。」



「ばあちゃんが、じいちゃんのそばに行こうとしたら、じいちゃんが、まだ来ちゃダメって。」




「じいちゃんが、ばあちゃんに、
『戻って、家を守って』って言ってると思ったの。」



「そしたらね、もうあの人たちは来なくなった。」






祖母の話は、
いつもちょっと不思議で、

わたしはそれを、
ファンタジーを聞いているかのように、
聞いていました。





今、あの時の、
祖母の話を思い起こしてみて、
わたしは、こう思いました。



人の強い想念は、
とても大きなエネルギーを放ち、


強い強い想念は、

時に、

それを受け取る人のエネルギーを、
吸い取ってしまうのかもしれない。






人の心の中の想い、
想念は、


現実をつくるためのエネルギーになり、


それが強すぎると執着を生み、それは執念になり、


それを受け取る人を傷つけてしまうことも、


あるのかもしれないと、
そう思いました。






今、
わたしの目の前には、
依存体質の人がいて、
それは、
一人ではありません。
nicosa.hatenablog.com




その人たちの、
依存の想念。


分からない。
できない。
どうしたらいいか分からない。
助けて。
教えて。
もっと。
もっと。



その想念は、
日に日に強くなり、
知らない間に、
わたしのエネルギーを、
吸い取ってしまっているのかも、
しれません。




本人も気付かないうちに。









わたしも、
祖母と同じように、
切り離すことにしました。




切り離すことが、
守ることになるのかもしれないと、

ふと、

そう、


思いました。



仕事のパートナーのAさんも言っていました。
nicosa.hatenablog.com


なんとかしてあげようと思わなくていい。
助けてあげようと思わなくていい。
ぼくたちにできるのはここまで。




わたしにできるのは、
ここまで。







彼と出会ったこの場所を、
わたしはずっと、
守ろうとしていました。


冷たく冷えきって、
今にも、
壊れてしまいそうな、
この場所を。



ここで働く人たちが変われば、
きっと、ここは、
また昔のように、
元どおりになるのだろうと、
思っていました。




守りたい。
そのわたしの想念も、
強すぎたのかもしれません。




この場所は、
元どおりにはならないけれど、
自分の力で、
新しい形になろうとしている。



わたしのしごとは、
ここまで。


そう思えたら、
急に、
食欲が、
出て来ました…









nicosia