あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

晴耕雨読


こんばんは。nicosaです。



「ばあちゃんは無宗教で、のほほんと生きてるの。」祖母はよくそう言っていました。






家の法事には、天台宗のお坊さんがやってきました。


祖父は、戦後、キリスト教プロテスタントの教会で洗礼を受けました。
その影響で、わたしたち家族はみんな、キリスト教の幼稚園や学校に通わされました。


その一方で、祖母は高野山へ通い、毎年高野山の身代わり守りを家族1人1人に渡しました。


そしてまた、仕出し屋をしていた曽祖父は、荒神さんに通い、台所にはその神棚が祀られていました。




「お陰で、うちの家には、たくさんの神さまがいらっしゃる。めでたし、めでたし。ほほほほほ。」




祖母の日課は、その神さまたちのお世話でした。お供えする水を変え、掃除をし、ご飯を供えました。
そして幼い頃のわたしの仕事は、その手伝いをすることでした。




祖母は晩年、広い田舎の家に一人で暮らしました。「ばあちゃん、近頃は、神道に興味があって。」と、わたしに耳打ちしてから、悪戯っ子のようにウインクをして見せました。



自分の食べる季節の野菜を畑でつくり、ほんの少しの肉や魚を、時々近くのスーパーへ買いに行きました。

塩と砂糖と醤油と酒と酢と、昆布と鰹、それから日用品は、親戚の酒屋に配達を頼んでいました。米とぬかと麹と大豆、梅や辣韮は親戚からもらいました。

ぬかで野菜の漬物を漬け、大豆と麹で味噌を仕込み、梅雨前には梅仕事、梅雨の頃は辣韮の甘酢漬けの仕込み。


時々お洒落をして、美容院でパーマをかけて、街へ出かけて行き、百貨店で季節の挨拶の品を選び、抹茶と甘納豆と、パンとバターと紅茶を買い、銀行に立ち寄りました。


年賀や季節の便りは、いつも手書きで、自分の名前の入ったお気に入りのハンコに赤いインクをつけて葉書の隅に押しました。



晩年の祖母の一人暮らしは、静かなとても穏やかな暮らしでした。

日が昇れば起き、日が沈めば床につく。

雨の日には本を読み、晴れの日には畑を耕す。

ひと段落すれば、お茶を点て、甘納豆を少しいただく。




最晩年、祖母は長男家族と暮らしました。
耳が遠くなり、お坊さんや近所の人と上手く会話ができなくなって、畑で転んで、杖を持つようになった頃。

その頃から、わたしは遠慮をして、あまり祖母のところへ行かなくなりました。



祖母は、自分の暮らすその土地と家屋を、残される家族のために仕分けました。
必要なものは新しく作り、誰も困らないように細かく仕分け、遺言として残しました。

それをすべて、
どんなふうに祖母が一人でやってのけたのか、
わたしは知りません。



その祖母の行動力に、
驚いているわたしに、
祖母は、
ウインクをしながら、

こう言いました。


「綺麗さっぱりしておきました。ばあちゃんが居なくなったあと、みんなが困らないように。」


nicoちゃんにあげるものは何もありません。ばあちゃんは、nicoちゃんのことは何も心配していませんから。」


「じいちゃんが死んだ時にあげた、シェイクスピアとお茶道具は、大切に持っておきなさい。」



空襲の中、
おかきの入っていたアルミ缶に入れて、
それを両脇に抱えて逃げ惑った、
坪内逍遥シェイクスピア全集は祖父の形見。


祖母が大切に床の間に置いていた、
黒い漆塗の茶道具一式が入った短冊箱。
これは祖母の形見になりました。


「お抹茶は少しだけいいものを。無理して高いものを買う必要はありません。」


「ばあちゃんがよく使っていた美濃焼のお茶碗を一つ入れておきました。お茶道具は新しいものを入れてあります。お道具類は傷んだら買い換えなさい。」




祖父も祖母も、
この世から居なくなり、

もしかしたら、

二人が、お互いと、家族の次に大切にした、
この世で見つけた大切な「もの」を、
わたしは形見として受け継いだのかもしれません。


この世に生まれて来て、
自分の心の喜びとなる「もの」を見つけ、
ずっと大切にしてきた「もの」。


もしかしたら、
地球にしかない、
「おかしみ」や「興」のいろいろを。







祖母と神さまの付き合いは、
いつも、近からず遠からず。


「お遍路さんは、生きている内に全部廻ってしまってはダメですよ。」


「全部廻る時は、天国に行く時。」



祖母はわたしに、よくそう言いました。



祖母は、
神さまとの付き合い方を、
わたしに教えていたのかもしれません。



神さまには、
自分のすべてを委ねてはダメで、

程よい距離を置き、

心を穏やかに過ごすために、

時々、神さまとお話しをする。


自然を愛し、
無宗教を通し、
神さまとの付き合いもほどほどに。






わたしは、
幼稚園の時、
牧師先生から、
洗礼を勧められました。


でも、

お断りしました。


お断りするように、
誰かに言われた訳ではありません、
自分で、そう決めました。
なんとなく、洗礼することが、
怖かったから。




それからもずっと、
わたしの神さまとの付き合い方は、
祖母を習ったものでした。

これからも、ずっとそうなのだと思います。






そして、
最期の時の過ごし方は、
ぼんやりと、決まっています。
高校3年生の時、そういう最期を迎えるんだと、ふとそう思いました。


山深い人里離れた小さな家に暮らし、
日が昇れば起き、日が沈めば床につく。
雨の日には本を読み、晴れの日には畑を耕す。
ひと段落すればお茶を飲む。


家にいる時は、
お気に入りの揺り椅子に座り、
静かに、そっと、その時を待つ。


つい最近までは、
その家に、
たった一人で暮らすのだと、
思っていました。



「人は、たった一人で生まれて来て、たった一人で死んでいく。」と、

祖母がいつもそう言っていたから。




でも、
近頃は、
その家に、
わたし以外に誰かが一緒にいるような、
気配がします。
それが誰なのかは、
まだよく分かりません。








nicosa