あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

連鎖。

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こんばんは。nicosaです。

 

 

家族の歴史は繋がっていると、そう思えた出来事のこと。今日は、主人と主人の家族とわたしとcicoのお話です。

 

 

この前、義理母に相談をしようと思って、

義理母と同居している姪に、LINEで、

おばあちゃんいる?と聞きました。

 

義理母は出かけていて、

わたしは、また直接電話してみるねと

姪に伝えました。

 

義理母に相談したかったのは、

主人のことでした。

 

 

ですが、そう言ってみたものの、

どう切り出していいのか分からなくて、

義理母には、まだ電話をしていません…

 

 

 

 

 

義理母の母親の葬儀の日に、

お酒を飲んだ主人が、

暴れ出し、

義理父がやっとの思いで押さえつけた

という話をしてくれたとき、

義理母は、わたしに、こう言いました。

 

 

nicoちゃん。あの子が暴れてどうしようもなくなったら、cicoを連れて逃げなさい。」

 

 

ほんとうは、

わたしは、あの時、

そんなことあるわけない、

きっと、ちょっと飲み過ぎただけ…

心のどこかで、そう思っていました。

 

 

でも、それからも、

 

義理母のその言葉を忘れたことは

 

一度もありませんでした。

 

 

 

わたしが、どんなに体が辛くても

決して仕事を辞めなかったのは、

 

 

自立した女性になりたい

というのもありましたが、

 

 

もしもの時には、

cicoを一人で育てなければならないと、

 

 

心のどこかで、

そう思っていたからかもしれません。

 

 

cicoが3歳の頃、

主人の、わたしへの暴力は始まりました。

その回数は少しずつ増えていきました。

 

 

cicoが5年生になった2017年には、

毎日毎日繰り返されるようになっていました。

 

 

わたしはcicoを連れて逃げる準備を

始めていました。

 

別居の申し立て書を作成して、

主人に渡しました。

 

そこには、

 

別居をする理由、

別居を始める時期、

生活費やローン負担の分担、

引越代や二重生活のための家財を買う分担、

車の譲渡や、共有名義のものの名義変更、

どの家財をどちらが持っていくのか、

子どもの将来のためにしている貯蓄の見直し…

 

 

のちのち困らないように

細かく、具体的に書きました。

 

 

それから、

これは離婚の申し立てではないので、

cicoとわたしは別の場所に暮らすけれど、

cicoへのサポートは、

これからも遠慮なくしてやってくださいと

そう書きました。

 

 

申し立てに了承すれば記入する

署名押印の欄を作り、

回答期日を書き込みました。

 

 

異議があれば、

回答期日までに教えてくださいとも

書いておきました。

 

 

回答期日になっても返事はなく、

 

 

主人に聞いてみたら、

 

 

そんな難しい話はよく分からないから

紙は破って捨てたと

そう言いました。

 

 

いつか、

誰かに間に入ってもらうしかないのかなあと、

そう思いながら、

 

 

もう一度、

回答期日を一年先に延ばした

同じ申し立て書を作って、主人に渡しました。

 

 

それでも、やはり、返事はありませんでした。

 

 

そのうちわたしは忘れてしまうだろうと、

そう思うのは一時的なことだと、

主人は、そう思っていたのだと思います。

それが、一般的な家庭の有り様なのだと。

 

 

主人にとって、

 

ストレスや、

 

思い通りにならないことへの憂さ、

 

それは、

 

2017年の時点では、

お酒を飲む飲まないにかかわらず、

家庭内で暴力をふるうことで、

解消されるようになっていたと

わたしは思っています。

 

 

主人が、

そんな自分に、

疑問すら抱かなかったのには、

理由があります。

 

 

主人の母親(わたしの義理母)は、

主人が子どもの頃、

姑から、毎日、暴力を受けていました。

 

 

汚い女、臭い女、

家が臭くなる、

そう言われて、

毎日、箒で叩かれていたそうです。

 

 

主人と主人の兄は、

自分の大好きなお母さんが、

おばあちゃんから毎日暴力をふるわれているのを、目の前で見ていたのです。

 

 

毎日、毎日…だったそうです。

それを、わたしは、

義理父から、義理父が痴呆になる少し前に、

はじめて聞きました。

 

 

 

義理父は、こうも話してくれました。

義理父は養子で、

義理母に暴力をふるっていたのは

「ママ母」(継母)だったのだと。

その家には子どもがなくて、

家が途切れることのないように、

親戚の家の三男坊を養子にとったのだと。

 

 

義理父が、

暴力をやめてくれと

どんなにたのんでも、

主人の祖母は、義理母への暴力をやめなかった。

 

 

「僕が、ほんとうの息子じゃないからだよ。」

 

「僕はね、nicoちゃん。小学生のときに養子になってから、ずっと、『お母さん』だと思ってきたよ。血は繋がっていなくてもね。」

 

「僕には、あの人たちしか頼る人はいなかった。」

 

「あの人の陰に隠れて、遠くの空が真っ赤に燃えるのを見たものだよ。」

 

「まだ戦争は終わっていなかったからね。」

 

 

主人の祖母の暴力は、

体が元気なうちは、

ずっと続いたそうです。

 

 

体が衰えてきて、

介護が必要になったとき、

義理母は、

自分のほんとうの母親にするように、

毎日優しく姑を介護したと、

義理父は話してくれました。

 

 

「お母さんは、ほんとうに立派だった。」

 

「おばあちゃんもさぞかし嬉しかったと思う。」

 

「おばあちゃんには、お腹を痛めて産んだ子どもは居なかったんだから。」

 

 

 

「お父さんは、お母さんに頭があがりません!ハハハハハ!」

 

 

義理父は、そう言って、

嬉しそうに笑っていました。

 

 

 

 

だけど、

主人の祖母も、

子どもが欲しくて、

生まれなくて、

とても辛い思いをしたのだと

思います。

 

 

親戚に、

 

「子どもはまだか。」

 

「まだ生まれないのか」と

 

何年も、何年も、言われ続けて。

 

 

 

わたしが、そうだったように。

 

 

 

そこに、

自分がお腹を痛めて産んだのではない

子どもがやってきて、

その子が、お嫁さんをもらい、

二人の男の子を、次々と産んで。

 

 

 

暴力は許せないことだけど、

 

わたしは、

 

主人の祖母の気持ちは、

 

とても良く分かるような気がします。

 

 

 

 

でも、

 

悲しみの連鎖は、

 

もう終わりにしようと、そう思いました。

 

 

 

 

雨でサッカーの練習が午後からになり、

久しぶりに家でゆっくりしていたcicoに、

今日、その話をしました。

 

 

主人は散髪に出かけていたので。

 

 

 

 

cicoは、

 

「わたしは、暴力なんかしない!」

 

そう言いました。

 

 

 

「パパみたいに、あんなに優しい人でも、自分がとても辛くてしんどい時には、自分が子どものときに見たように、同じように、暴力でストレスを晴らそうとしてしまうんだよ。」

 

 

「だから、ちゃんと知っていて、忘れないでいて欲しいの。パパがどうしてママに暴力をふるってしまうのか。」

 

 

 

cicoは黙っていました。

でも、トイレに行って戻ってきたら、

 

なんとなく、

いつもより楽しそうに、

 

学校の友だちから来たLINEの話を

わたしに話し始めました。

 

 

 

 

義理母は…

ほんとうに優しい人。

ほんとうに優しい人なのです。

 

 

 

(これも誰にも話した事はないのですが、)

わたしは、

「ほんとうに好きな人」ではない人と

結婚することに、

やはり迷いはありました。

 

自由に仕事をさせてもらえて、

次男だし、

子どもはいなくてもいいと言ってくれたし、

優しいし、

 

でもそれだけでは、

結婚する理由にはならない気もしていました。

 

 

そんな結婚、楽しいんだろうか…

結婚って、

そんな理由でするものなんだろうか

そんなふうにも、思っていました。

 

 

でも、義理母にはじめて会った日、

 

わたしは、

 

「わたし、この人の子どもになりたい」と、

 

何故かはよく分からないのですが、

ほんとうに心からそう思いました。

 

 

 

体から滲み出るような、

あたたかさや、優しさを、

感じる人だったのです。

 

 

…それは、「直感」でしかなかったのですが、

でも、義理母は、

わたしが直感で感じた、そのとおりに、

ほんとうに穏やかな優しい人でした。

笑顔の優しい、

そばに居るだけで癒されるような、

わたしの大好きな、

わたしの祖母のような人でした。

 

 

 

義理母の子どもになるために、

主人と結婚をしたのかも…しれません。

でも、それも良かったかなと、

主人は怒ると思いますが、

今ははそんなふうに思っています。

 

 

義理母からも、わたしは、

たくさんのことを

学びました。

 

 

 

 

 

わたしとcicoが、

 

ひいおばあちゃんと

ひいおじいちゃんと

おばあちゃんと

おじいちゃんと

パパの悲しみを

少しは癒すことができるかなあと、

そうできたらいいなあと、

 

 

cicoが、主人に送迎してもらって、

元気にサッカーの練習に出かけたあと、

明るく、はっきり、ゆったりと、

cicoに伝えられてホッとして、

そんなふうに思いました。

 

 

 

nicosa