あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

雨の日に。

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お久しぶりです。nicosaです。



祖母が、
この世界から居なくなって、



早いもので、7年が経ちます。




祖母が旅立つ前、
一番最後にわたしに話してくれたこと。



そのことばの意味。



やっと分かった気がします。



これを、わたしに伝えたかったんだ…



2013年の冬に他界した祖母が、最後に話して聞かせてくれたことを、今日はお話しようと思います。













nicoちゃん。あのね。」



「男の人には男の人の、女の人には女の人の役割があるの。」



「これからの時代を生きていくnicoちゃんに、こんなことを言ったら怒られちゃうかもしれないけど。」



「男の人には男の人の役割がある。女の人には女の人の役割がある。」



「ばあちゃんはそう思っているの。」



「cicoちゃんは澤さんみたいになりなさい。nicoちゃんは自分の好きなことを。」






祖母は優しい目で、
わたしの目を見て、
そう言いました。



それを聞いたとき、わたしは、
祖母の考え方は「古い」と思いました。
その考え方は「矛盾している」と思いました。
男の人の庇護のもとで自分のしたいことをするなんて、あり得ない。



これからは女性が輝く時代。


女性が男性に依存せず、自立して生きる時代。


男性と同等に、またはそれ以上に、女性がリードをしていく時代。





わたしは中学生のとき、


「お母さんのようにはなりたくない。」


「わたしは、お母さんのようにはならない。」


そう思っていました。


男性の庇護のもとでしか生きられない、
男性に依存してしか生きられない、
そんな女性にはなりたくない。





そのために、
わたしは何をしたでしょう。



怖がりで、不器用で、
それなのに欲張りなわたしは、



大学に行き、
学歴を身につけて、


仕事を自由にさせてくれる男性を、
子どもはいなくてもいいと言ってくれる男性を、配偶者に選びました。


仕事の現場で経験を積み、
男性と同じように働き、


男性の上司に意見を言い、部下を動かして、
会社にも声をあげ。


最後には、組織を飛び出して、一人で仕事をしようと思いました。




そして、その結末は。



結婚するとき、

「子どもはいなくてもいい」と言った
配偶者の男性は、

子どもを作れなくなる年齢に
差し掛かろうとしたとき、

「子どもがほしい。
一人だけでも子どもがほしい。」と、

そう言いました。



仕事と家事、地域や学校の活動、
子どものこと、両親のこと、
すべてを完璧にこなすことに疲れ、

分担してほしいとわたしが言い始めたころ、
わたしの実家の側に家を建てたいと言い始めたころ、
 


優しかったはずの配偶者の男性は、
お酒を飲むたびに、
わたしに、
汚いことばを吐き捨てるようになりました。


キチガイ!」
「臭い女!」
「出て行け!」
「こんな女!」
「くそっ!」
キチガイ女と暮らせるか!」


毎日、毎日。
それは、10年以上続いています。
ときには手をあげることも。



中学生になった娘は、そんな父親に、
わたしの代わりに、
汚いことばを返すようになりました。


「うるせえんだよ!」
「だまれ、クソやろう!」
キチガイ差別用語なんだよ!」
「ばあか!」



それが、
わたしの現実です。




体調を崩したこと、
娘の側にいてやりたいと思ったこと、
いろいろな事情が重なって、
コロナ禍の外出自粛期間中に、
わたしは退職届を出しました。
会社を辞めることにしました。


その上、
コロナ禍で、起業の計画はすべて白紙になり。



娘を連れて、
配偶者の男性のもとを
離れる計画も、
一旦白紙に。



コロナ禍に見舞われなければ、
起業をして
娘を連れて
だれも傷つけずに
新しい自立した生活をはじめられたのかもしれません。



うまくはいかないものです。



でも、わたしは、
今まで必死になって
しがみついていたものから離れ、
ずっと手放せなかったものを、
手放すことができたような気がします。



誰にも話したことなどなかったのに、
なぜかは分からないのですが、
彼に「わたしの3つのしごと」の話を
したことがありました。
小さな頃から、
わたしには3つのしごとがあると
思っていたこと。



そのとき、彼から、
「僕にはそういうのはないです。」
という返事がきました。
いつもより冷たい感じがしました。
でも、彼がなぜそう言ったのか
今はなんとなく分かる気がします。




そして、6月の雨の日に、
ふと思い出しました。


祖母の最後のことば。


「男の人には男の人の役割がある。女の人には女の人の役割がある。」



そのことばの意味が、
やっと分かった気がしました。



家庭をつくるのも、仕事をするのも、


女性一人ではできないのです。



それは、愛し合う男性と女性がいて、
そこに初めて成し遂げられる。



男性は男性の、女性は女性の役割を果たし、
お互いを支え合って、
いつも思いやって、
愛し合いながら、
そこにはじめて生まれるもの。


そして、
それができる相手は、
この世界にたった一人だけ。




nicoちゃんはまだ、ほんとうに好きな人に出会っていないのね。」

 


2009年の桃の花が咲く頃、
わたしがまだ、
彼の姿を見たことがなかったあの頃、
子どもが生まれて、仕事に復帰したわたしに、
祖母はそう言いました。



nicoちゃんには、守護霊さんがついてなさる。」


「立派な守護霊さんが、二人も。」


nicoちゃんはまだ、ほんとうに好きな人に出会っていないのね。」


nicoちゃんがどんなに悪いことをしても、ばあちゃんだけはnicoちゃんの味方ですよ。」




祖母の話はいつも不思議で、
わたしはそれをファンタジーを聞くかのように
聞いていました。



でもそれは、ファンタジーなんかではなく、
この世界の現実の中で祖母が見たこと。学んだこと。



祖母は知っていたのかもしれません。


「もうすぐ、じいちゃんが、ばあちゃんを迎えに来てくれます。」


「じいちゃんが迎えに来たら、ばあちゃんはじいちゃんのところへ行くんですよ。」


最晩年、
祖母はうれしそうに、
そう話していましたから。



魂で繋がった男性性と女性性がいて、
たくさんの学びを経て、
二人は出会うということ。



得意なことを活かしながら、
男性性と女性性が協力して生きていく。



祖母は、
自分が学んだことを、
わたしに教えてくれたんだと思います。



いつも、

優しく、穏やかに。




 

たくさん悩んで、傷ついて、ボロボロになって、それでも、いつも楽しくあるように、
わたしを支えることばを残し、


学びの先に、
「ほんとうに好きな人」と出会えるように。


「ほんとうに好きな人」と出会えても、
既婚者が既婚者を好きになるという現実に、
そこでまた涙を流すわたしを思いやり、
どんなに悪いことをしても自分だけは味方だからと、そう言ってくれたんだと思います。



祖母はすべてを知っていて、
いつもわたしを守ろうとしてくれた。



自分がこの世界に居なくなっても、
わたしが笑顔で生きていけるように。





「人生に起こることは、すべて修行。そこで勉強して練習する。」




祖母はいつもそう言っていました。




すべてのことは、
いつも、
たったひとつの終着点に向かっていて、
そこでわたしが見つけたのは、
わたしのしごとではなくて、
わたしのたいせつな人でした。

 

間違いだらけで、
いろんなところにぶつかってしまう、
そんなわたしを、
いつも笑って受け止めて、
流れに身を任せてと、
教えてくれる。



がんばりすぎないでと、
叱ってくれる。



その優しさが、わたしはずっと怖かったのだと思います。
そんなに優しい男の人に、わたしは会ったことがなかったから。




あなたに会えたあの日から、
あなたと過ごし、
あなたと離れ、



少しずつ、
ゆっくりと、
やっとここまで辿り着きました。





〜6月の雨の日に。
もう会うことの叶わない、祖母への感謝の気持ちをこめて。





nicosa