あなたに会えたあの日から

生まれる前のやくそくが、今、現実になる

鬼滅

f:id:nicosa:20210405115140j:image

こんばんは。nicosaです。

 

あっという間に、もう4月も半ば。

 

枯れてしまったと思っていた宿根草の根元から、緑の新芽が出てきました。

 

植物は、こんなに固い土はいやだとか、もっと栄養が欲しいとか…文句ひとつ言わないで、わたしがほんの少し手伝ってあげるだけで新しい芽を芽吹かせる力を持っています。

 

そんな頼もしい姿を見ると、「えらいね!」と褒めてあげずにはいられなくなります。そして、わたしも、がんばらなきゃと思うのです。

 

最近の夫は、仕事が落ち着いているのか、比較的穏やかです。お酒を飲む量も減っています。そして、わたしとcicoが来年早々に家を出ることには了承しました。

 

今日は、夫の心の中にいる「鬼」の今とこれからのお話しです。

 

 


「暴力性の遺伝率は、一卵性双生児と二卵性双生児の比較研究から40~45%程度であるとされている。実の親の犯罪件数は、子供の犯罪件数と相関するが、それはたとえ里子に出された子供であっても、依然として高く相関することも知られており、犯罪になんらかの遺伝的要因があることは明確である」

(「『サッカーボールをもらった子が喜ばない理由』サイコパスの背筋の凍る回答」2021年3月29日 08:00PRESIDENT Online

九州大学大学院芸術工学研究院准教授 妹尾 武治]より引用)

 

 

 

最近、こんな記事を読みました。

 

わたしは、夫を見ていて、

 

夫の両親から、

夫の育った環境や

大人になってから現れた症状を聞いていて、

 

夫の場合の「暴力」は、

それは「連鎖」だと思っています。

夫と、夫の祖母は、血が繋がっていないから。

 

 

中国のことばに

「鬼神」ということばがあります。

 

「鬼神」とは、

 

「中国において死者の霊魂をいう。人間は陽気の霊で精神をつかさどる魂と,陰気の霊で肉体をつかさどる魄(はく)との二つの神霊をもつが,死後,魂は天上に昇って神となり,魄は地上にとどまって鬼となると考えられた」

平凡社世界大百科事典 第2版による)

 

 

夫の心の中にいる「鬼」は、

長く夫の「家」にとどまってきた「鬼」なのではないかと、この頃思うようになりました。

 

 

祖母は、わたしに、

「鬼は人の心がつくるもの」と

よく、そう話しました。

「この家には、たくさんの想念が残っている」

とも。

 

 

 

死者の霊魂の内、

 

「楽しかった、嬉しかった、いい経験だった」という陽気の気持ちは「魂」となり天に昇り、そして「神」となり、

 

「辛かった、嫌だった、許せない」という陰気の気持ちは「魄」となり地上にとどまって、のちに「鬼」となる。

 

地上にとどまった「鬼」は、

とどまった場所に居る生者の心に影響をあたえ、その生者を「鬼」にすることもある。

 

 

…もしかしたら、

そんなことも、あるのかもしれないと

少しそう思うようになりました。

 

 

子どもが生まれないために言葉の「暴力」を受け続けた夫の祖母が、男の子を次から次へと二人産んだ血の繋がらない息子の妻である夫の母をよく思わず、言葉の「暴力」だけでなく、手をあげて、「暴力」をふるう。毎日、毎日、目の前でその「暴力」を見続けた子ども時代の夫。

 

「おばあちゃんはどうして、お母さんを叩くんだろう」

「お母さんはどうして、嫌だと言わないんだろう」

 

暗く、不可解な気持ちは消えることなく、夫は自分の祖母と同じことを、自分の「家」の中で繰り返す。家庭の中に、「暴力」という負の連鎖はつづいていく。

 

 

cicoが昨年の夏頃、「鬼滅」「鬼滅」と

言いはじめました。

 

何だろう…と思って

調べてみたら、

「鬼」を扱った漫画、アニメの

ことでした。

 

「鬼か…」と思って、

テレビでやっていたアニメを

観てみました。

 

 

 

鬼となった人には、

その人それぞれに鬼となった理由がある。

しかしひとたび鬼となれば、

鬼は人に戻ることはできず、

最後には鬼殺隊によって成敗される。

悪いことをした鬼は、抹殺される。

 

鬼はいなくならない。

後から後から、鬼は、次から次へと

生まれていく。

 

鬼は永遠に居なくならない。

 

 

 

成敗しても居なくならないとしても、

その心が癒されれば、人の心の中から

鬼は居なくなるんじゃないかと、

そんなふうに

わたしはずっと思っていました。

 

 

でも、落ち着いたように見えても

また忘れた頃に鬼の顔を出す夫を見ていて、

癒しだけでは、鬼は居なくならないと

最近はそんなふうにも思っています。

 

 

わたしは、誰とでも仲良くできる人です。

それは、わたしの長所でもあり短所でも

あります。

 

だからわたしは、

この人(夫)と、ずっと一緒に居ることも

出来るのだと思います。

 

どうすれば落ち着くのか、

どんな言葉をかければ

一時的にでも心が静かになるのか、

わたしはなんとなく知っています。

 

だから10年以上、

ここに居ることができているのです。

 

 

でも、このままだと、また、この世に留まった陰気の気持ちが鬼となり、鬼は、今度は、

cicoの心の中に

住み着くのかもしれません。

 

「お父さんはどうして、お母さんに、毎日、ひどいことを言うんだろう」

「壁やドアを大きな音を立てて殴り、物を投げるんだろう」

「お母さんは、どうしてそんなお父さんを許すんだろう」

 

その暗く、不可解な気持ちは、

いつかcicoを鬼にしてしまうのかも

しれません。

 

 

そして、わたしの中にも

暗く、不可解な気持ちは残り、

その魄はこの世にまたあらたな鬼を

生み出してしまうかもしれません。

 

 

どんなことがあっても、

「暴力」は許されない。

 

「暴力」を許せば、

永遠にこの世にそれは「連鎖」し続ける。

 

 

 

わたしは、夫と結婚しました。

もう、20年も前。

夫を愛しているかと聞かれたら

答えられないのは、今も変わりません。

でも、夫のことは、今も尊敬しています。

 

仕事に向き合う姿勢や、

お客様をたいせつに思う気持ち。

とても素敵だと思います。

 

ひとまわりも歳の違うわたしのことを、

小馬鹿にすることもなく。

仕事をするわたしを、彼なりに応援して

くれました。

 

わたしの母親がわたしに「そんなこと、あなたに出来るはずがない」と言うようなことも、「やってみれば?」と言ってくれました。

もちろん、cicoのことも、一生懸命応援してくれています。

 

 

…もしかしたら、

わたしとcicoが居なくなったら、

夫は、何を目的に生きていけばいいのか

分からなくなるかもしれません。

 

でも、夫には、一人になって

自分を見つめる時間が必要な

気もするのです。

 

わたしとcicoがここに、この「家」に

居ることは、居続けることは、

夫の中に居る鬼を、はからずも

許すことになるからです。

 

 

負の連鎖を解き放ち、

夫の心が陽気の気持ちで満たされるように、

そうなるためには、

わたしやcicoではなく、夫自身が

自分で自分を癒さなければならないの

かもしれないと

そう思うのです。

 

 

 

 

そう…

そして何よりも、

わたしは、

わたしは何よりも、

今、

しあわせになりたい。

 

 

生まれてはじめて

「しあわせになりたい」と

思えた気がします。

 

 

わたしも

しあわせになっていいんだと

自分がそうなることを

許せる気がします。

 

 

「わたしは、しあわせになる」

その気持ちを

諦めたくないのです。

 

だから、この箱の中から

出て行きます。

 

 

出来ない理由を考えるより、

出来ることをひとつずつやっていこう。

 

 

今は、そんなふうに思っています。

 

 

 

•「違和感」を感じるものごとには近づかない

•「興ざめする」人とは距離をおく

•暴言を言う人のその暴言を、暴言を言う人の目の前で復唱する「今、〇〇って言ったよ」

•暴言を録音する、暴言を言う人に「こんなこと言ってたよ」と気付かせる

•「明るく、はっきり、ゆったりと」を心がける

 

わたしが、この10年間続けてきたこと。

 

 

 

 

「もう、しあわせになっていいんだよ」

 

しあわせになっても

大丈夫。

 

 

(わたしがしあわせで、わたしのまわりのみんなも楽しく笑っている様子が、見えるような気がするから。)

 

 

nicosa